なぜ今この人を読む価値があるか
ファーストリテイリングの時価総額は、2024年にインディテックス(Zara)を一時的に上回り、アパレル業界の世界首位に立った。日本企業が衣料品というグローバル競争の激しい分野でトップに近づくのは、前例のない出来事だ。
柳井正が掲げる「世界一」は、単なるスローガンではない。海外売上比率はすでに国内を上回り、東南アジア・インド・北米での出店加速は計画通りに進んでいる。ユニクロは「ファッション」ではなく「LifeWear——生活のインフラとしての衣服」と位置づけることで、流行に左右されないビジネスモデルを構築した。
同時に、柳井正は76歳を超えてなお現役のファウンダーCEOだ。後継者問題、創業者依存リスク、グローバルオペレーションの複雑化——投資家が注視すべき論点は多い。この人物を理解することは、日本が生んだ最も野心的なグローバル企業の行方を読むことにつながる。
判断の核
柳井正の経営判断は、いくつかの明確な原則に貫かれている。それは理論ではなく、40年以上の実践から蒸留された行動原理だ。
「一勝九敗」——失敗を前提とした経営
柳井は自著のタイトルにもなったこの言葉を繰り返す。十回挑戦して九回失敗しても、一回の成功で事業を前に進める。実際、ユニクロの歴史は失敗の連続だった。スポクロ(スポーツ衣料)の撤退、イギリス進出の大幅縮小、野菜事業SKIP(生鮮食品)の全面撤退。しかし柳井はそのたびに撤退を決断し、学びを次の勝負に持ち込んだ。
LifeWear——服はファッションではなくインフラである
ユニクロは「ファッション企業」ではない。柳井はそう明言する。LifeWearとは、あらゆる人の生活を支える「服のインフラ」という概念だ。ヒートテック、エアリズム、ウルトラライトダウン——これらは流行ではなく、機能を追求した結果だ。流行を追わないからこそ、売れ残りのリスクが低く、在庫管理が精緻にできる。
ピーター・ドラッカーの経営哲学
柳井正が最も影響を受けた人物の一人が、経営学の父ピーター・ドラッカーだ。「顧客の創造」「イノベーションとマーケティング」「経営者の条件」——ドラッカーの教えは、柳井の意思決定の土台になっている。柳井はドラッカーの著作を繰り返し読み、「経営とは何か」を自問し続けた。
世界一への執念
柳井正は「売上高10兆円」「世界一の衣料企業」を公言してきた。これは虚勢ではなく、具体的な出店計画・素材開発・サプライチェーン投資に裏打ちされた経営目標だ。ZaraのインディテックスとH&Mを上回る——その旗を降ろさないことが、組織全体の規律を生んでいる。
習慣と仕事
柳井正の日常は、経営者としての規律そのものだ。
早朝起床と読書——柳井は極めて早起きで知られる。朝の時間を読書と思考に充て、ドラッカーをはじめとする経営書を繰り返し読む。知識の吸収を怠らない姿勢は、76歳を超えた今も変わっていない。
現場主義——グローバルに店舗を歩く
柳井はCEOでありながら、世界中のユニクロ店舗を自ら訪問し続ける。商品の陳列、接客の質、店舗のオペレーションを自分の目で確認する。現場から離れた経営者は判断を誤る——それが柳井の信条だ。
即断即決
撤退の判断が速い。ダメだと分かったらすぐに撤退し、損失を最小化して次の勝負に回す。野菜事業SKIPは参入からわずか1年半で撤退を決断した。「致命傷を負わない撤退」の速さが、柳井の失敗を「学習コスト」に変えている。