この人は何者か
孫正義。1957年、佐賀県鳥栖市生まれ。在日韓国人三世として育ち、16歳で単身渡米。カリフォルニア大学バークレー校で経済学と計算機科学を学び、在学中に自動翻訳機をシャープに売却して1億円を得る。1981年、24歳でソフトバンクを創業した。
創業初日、ミカン箱の上に立ち、二人のアルバイトに向かって「将来、売上を豆腐のように一丁(兆)、二丁と数える会社にする」と宣言した。二人は翌日辞めた。しかし孫は本気だった。ソフトウェア流通から出発し、Yahoo! JAPAN設立、ボーダフォン日本法人買収、Sprint買収、そしてARM買収へ——常に業界の常識を超えるスケールで動き続けた。
2017年には1,000億ドル規模のソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立。ベンチャーキャピタルの歴史において類を見ない規模で、テクノロジー企業への投資を加速させた。批判も多い。WeWorkの失敗は象徴的だった。しかし、Alibabaへの2,000万ドルの初期投資が1,000億ドル超のリターンを生んだ事実は、孫正義という人物の賭けの本質を物語っている。
なぜ今この人を読む価値があるか
AI時代の到来は、孫正義が数十年前から描いていたシナリオそのものだ。2016年のARM買収は、当時「高すぎる」と批判された。しかしAIの爆発的普及により、半導体設計の基盤を押さえたこの判断の意味は、今になって鮮明さを増している。
孫正義の投資哲学は、バフェットやマンガーとは根本的に異なる。安全域や割安性ではなく、「テクノロジーがどこへ向かうか」という方向性への確信に賭ける。30年後、50年後、300年後——その時間軸で「情報革命」がどのような世界を作るかを想像し、その未来に最も近い企業に資本を集中させる。
この投資スタイルは毀誉褒貶が激しい。しかし、一つだけ確かなことがある。孫正義ほどテクノロジーの未来に対する確信を、自らの全財産を賭けて証明し続けた人間は、世界にほとんどいない。
判断の核
孫正義の判断を貫くのは、「テクノロジーの進化は不可逆である」という確信と、その確信に基づくスケールの大きさだ。
300年ビジョン
孫正義は「300年続く企業」を本気で設計している。彼がしばしば引用するのは、300年前の世界と今の違いだ。産業革命前と後、情報革命前と後——テクノロジーの非連続な変化が人類の生活を根底から変える。その変化の次の波の中心に立つことが、ソフトバンクグループの存在意義だと孫は語る。
タイムマシン経営
米国で成功したモデルを、時間差で日本に持ち込む。Yahoo! JAPANはその典型だった。この「タイムマシン経営」は、単なる模倣ではない。テクノロジーの普及には地域間の時間差があるという構造的洞察に基づいた、再現性のある戦略だ。
集中と速度
孫正義は分散投資をしない。確信を持ったら、圧倒的な規模で一気に動く。Alibabaへの投資は6分間の面談で決まったとされる。ARM買収は約3.3兆円。ビジョン・ファンドは10兆円規模。この「賭けの大きさ」こそが、孫正義の最大の特徴であり、最大のリスクでもある。
習慣・仕事観
孫正義の仕事観は、「志」という一語に集約される。佐賀の少年時代に司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読み、坂本龍馬の生き方に衝撃を受けた。「脱藩」を決意し、渡米。以来、人生の羅針盤は常に「志」であり続けた。
バークレー時代には「人生50カ年計画」を立てた。20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を貯め、40代で一勝負し、50代で事業を完成させ、60代で後継者に託す。驚くべきことに、孫はこの計画をほぼ実行してきた。
SoftBank Worldの基調講演に立つ孫は、数百枚のスライドを駆使して未来を語る。プレゼンテーションの力——ビジョンを言葉にし、人を巻き込む力——は、孫正義の経営における最大の武器のひとつだ。サウジアラビアの政府系ファンドから450億ドルの出資を引き出したのも、この力だった。
まず触れるべき3つ
孫正義を理解するための入口として、以下の三つを推薦する。