この人は何者か
ハワード・マークス。1946年、ニューヨーク生まれ。ウォートン・スクールで金融学を学び、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスでMBAを取得。1995年、ブルース・カーシュとともにOaktree Capital Managementを共同設立した。現在の運用資産は1,700億ドルを超え、ディストレスト債投資の世界で最も信頼される名前の一つとなっている。
しかし、マークスの名がウォール街を超えて広く知られるようになったのは、運用成績そのものよりも、彼が1990年から書き続けている「メモ」の存在が大きい。市場環境、投資家心理、リスクの本質について、率直で深い洞察を綴ったこの書簡は、ウォーレン・バフェットが「真っ先にメールボックスを開いて読むものが二つある。そのうちの一つがハワード・マークスのメモだ」と語るほどの影響力を持つ。
マークスの投資哲学は、予測に頼らない。市場が今どこにいるのか——サイクルのどの位置にあるのか——を見極め、それに応じてリスクの取り方を調整する。派手さはない。だがその一貫した思考の枠組みが、半世紀にわたって成果を出し続けている。
なぜ今この人を読む価値があるか
AIバブルの熱狂、金利の歴史的転換、地政学リスクの常態化——2020年代の市場は、楽観と恐怖が激しく振れる振り子そのものだ。「今買うべきか、待つべきか」という問いに追われる投資家にとって、マークスの思考法は錨(いかり)になる。
マークスが一貫して問うのは、「市場参加者の大多数はどう考えているか。そして、自分はなぜそれと異なる見方をしているのか」という問いだ。彼はこれを「セカンドレベル・シンキング」と呼ぶ。一次的思考は「良い会社だから買う」。二次的思考は「良い会社だが、皆がそう思っているから株価は既に高い。ならば今は買わない」。
市場が過熱するときも、暴落するときも、マークスのメモは同じ姿勢を保つ。感情に流されず、サイクルの位置を読み、リスクを正しく認識せよ——そのメッセージは、まさに今こそ価値がある。
思想の核
マークスの投資哲学は、いくつかの揺るがない原則に貫かれている。彼の著書『投資で一番大切な20の教え』の原題が示すように、投資において「最も大切なこと」は一つではなく、複数の判断基準が相互に支え合う構造を持つ。
リスクの再定義
現代金融理論はリスクをボラティリティ(価格変動の大きさ)で測定する。マークスはこれを根本から否定する。彼にとってリスクとは、永久的な資本の喪失の確率だ。株価が上下に揺れること自体は問題ではない。問題は、投資した資本が戻ってこないことだ。
そしてマークスは、最も危険な状態を次のように描写する——「リスクが最も高いのは、誰もがリスクは低いと信じているときだ」。楽観が支配する市場では、参加者がリスクを過小評価し、過剰なレバレッジをかけ、割高な資産を買い上げる。リスクは、それが見えないときにこそ膨張している。
振り子としての市場サイクル
マークスの最も直観的な比喩が「振り子」だ。市場心理は、陶酔と恐怖、強欲と悲観の間を絶えず行き来する。そして振り子は中心点(適正価格)にほとんど留まらない。常にどちらかの極端に向かって動いている。
投資家の仕事は、振り子が今どこにあるかを認識し、それに応じて行動を調整することだ。皆が楽観的なとき、守りを固める。皆が悲観的なとき、攻めに転じる。サイクルの存在を認め、その位置を読むこと——これがマークスの投資行動の中核にある。
実践の作法
マークスの投資スタイルを特徴づけるのは、メモを書くという行為そのものだ。1990年から30年以上にわたり、マークスは市場環境や投資哲学について定期的にメモを書き、顧客や関係者に送り続けてきた。
メモを書くことは、単なる情報発信ではない。書くことで思考が整理され、自分自身のポジションが明確になる。マークスにとってメモは、市場との対話であり、自分の判断を規律する道具でもある。
1. セカンドレベル・シンキング——コンセンサスと異なり、かつ正しい判断を追求する。
2. リスク・アセスメント——リスクはボラティリティではなく、永久的な損失の確率。見えないリスクこそ最大の脅威。
3. サイクル・アウェアネス——振り子の位置を読み、群衆と逆方向に備える。
Oaktree Capitalの投資方針もこの哲学を体現している。ディストレスト債——経営難に陥った企業の社債——への投資は、まさに「皆が恐怖に駆られて売りたがっている資産を、冷静に評価して買う」行為だ。サイクルの底で勇気を持って行動できるのは、平時から思考の準備ができている者だけである。
まず触れるべき3つ
マークスの思想に触れるには、本とメモの両方からアプローチするのが最も効果的だ。