深夜、灯りを落とした部屋で読むのにふさわしい本があります。「溶ける」はその一冊です。
大王製紙の元会長・井川意高が、カジノで106億円を失った経緯を自ら語った告白です。会社の金をカジノにつぎ込み、逮捕され、実刑判決を受けた。その全貌を、本人が淡々と書き記しています。
衝撃的な題材ですが、文章自体は意外なほど静かです。煽ることなく、言い訳することなく、ただ事実と自分の心理を正直に綴っている。その抑制された文体が、夜の読書にちょうどいい。
昼に読むと、「なんて愚かな」と思うかもしれません。でも夜、一日の疲れが残る時間帯に読むと、違う景色が見えます。
人間の弱さが、他人事ではないように感じられる。欲望に流される恐ろしさが、頭ではなく肌で理解できる。投資家として、自分の中にも同じ「溶ける」可能性があることを、静かに受け止められる。
金額の大小は違えど、人間の心理は同じだ。少し勝つと「もう少し」と思い、少し負けると「取り返したい」と思う。その繰り返しが、気づいたときには取り返しのつかない額になっている。
この本は、行動経済学の教科書で学ぶ「損失回避バイアス」「サンクコストの罠」「ギャンブラーの誤謬」のすべてが、生々しい実例として描かれています。
106億円という金額のインパクトに目を奪われがちですが、本質は金額ではありません。「やめられなかった」という心理です。損切りできない株を持ち続けること、ナンピンを繰り返すこと——規模は違えど、構造は同じです。
読み終えたら、本を閉じて、しばらく暗い天井を見つめてみてください。自分の中にある欲望、自分が「溶ける」可能性について。
怖いと思えるなら、それでいい。その恐れが、明日の判断を少しだけ慎重にしてくれるはずです。