LEHMAN CRISIS — DEEP DIVE
BONUS · INCENTIVE · MORAL HAZARD

ウォール街のボーナス文化

The Culture of Wall Street

踊り続けなければならない。
音楽が鳴っている限り、誰も席を立てなかった。

ボーナスの規模 — 報酬と無責任の構造

ウォール街のボーナス文化は、金融危機の根本的な原因の一つだった。報酬体系そのものが、過度なリスクテイクを奨励する構造になっていた。

指標金額
2006年 ウォール街ボーナス総額約$339億
2007年 ウォール街ボーナス総額約$330億
リーマン上位5人の報酬(2000-2007年合計)約$10億

ボーナスは短期的な取引量と利益に連動していた。巨額の損失が判明した場合に報酬を返還させるclawback条項は存在しなかった。つまり、リスクを取って利益が出ればボーナスを受け取り、損失が出ても過去のボーナスは返さなくてよい。この非対称な報酬構造が、システム全体を危険な方向に駆り立てた。


「音楽が鳴っている限り」

2007年7月、サブプライム問題が表面化し始めた時期に、シティグループCEOのチャック・プリンスは記者のインタビューで金融史に残る一言を残した。

"As long as the music is playing, you've got to get up and dance. We're still dancing."
(音楽が鳴っている限り、立ち上がって踊らなければならない。我々はまだ踊っている)
チャック・プリンス、シティグループCEO、2007年7月 Financial Times

この発言は、ウォール街の構造的問題を完璧に要約していた。リスクが高まっていることを認識しながらも、競合他社が利益を上げている限り、自分だけ撤退することはできない。株主が許さない。取締役会が許さない。

プリンスは同年11月に辞任した。シティグループはその後$450億以上の損失を計上し、政府から$450億のTARP救済資金を受けることになる。


ゴールドマン・サックスの両面取引 — ABACUS

ゴールドマン・サックスは、金融危機の中で最も物議を醸した行動をとった金融機関の一つだった。その象徴がABACUS 2007-AC1取引である。

ゴールドマンは顧客にCDO(債務担保証券)を販売しながら、同時に自社でそのCDOが値下がりする方に賭けていた。顧客に「買い」を勧めながら、自分は「売り」のポジションを取る。両面取引の典型だった。

若手トレーダーのファブリス・トゥーレは社内で「Fabulous Fab」と名乗り、ガールフレンドへのメールでこう書いた。

"The whole building is about to collapse anytime now... Only potential survivor, the fabulous Fab."
(建物全体がいつ崩壊してもおかしくない...唯一の生存候補、素晴らしきファブ)
ファブリス・トゥーレ、ゴールドマン・サックス、2007年 社内メール

2007年、業界全体が壊滅的な損失を計上する中、ゴールドマン・サックスは$116億の利益を記録した。過去最高益に近い数字だった。住宅市場の崩壊に賭けた自社ポジションが莫大な利益を生んだのだ。

SECはABACUS取引について訴訟を起こし、ゴールドマンは$5.5億の和解金を支払った。当時の金融機関に対するSEC和解金としては最大級だった。


救済後のボーナス問題 — 国民の怒り

金融危機の最も皮肉な章は、救済の後に書かれた。TARP(不良資産救済プログラム)による$7,000億の公的資金投入で救われた銀行が、直後に巨額のボーナスを支給したのだ。

国民が住宅を失い、失業率が急上昇する中、ウォール街は自らを救った税金でボーナスを受け取っていた。この光景は、アメリカ社会に深い怒りと不信を植え付けた。

"We're doing God's work."
(我々は神の仕事をしている)
ロイド・ブランクファイン、ゴールドマン・サックスCEO、2009年11月 The Sunday Times

ゴールドマン・サックスCEOロイド・ブランクファインのこの発言は、ウォール街と一般市民の間の深い断絶を象徴するものとなった。救済を受けた直後に「神の仕事」を語る姿は、多くのアメリカ人にとって許しがたいものだった。

この怒りは後にOccupy Wall Street運動(2011年)へとつながり、「We are the 99%」というスローガンを生む。金融危機は経済だけでなく、社会の信頼構造そのものを破壊した。

DEEP DIVE — LEHMAN CRISIS

ボーナス文化を体現した個人たち。危機を作り、救い、予見したキーパーソンを追う。