ヘンリー・ポールソン財務長官 — ゴールドマンから政府へ
ヘンリー・ポールソンは、ゴールドマン・サックスのCEOから2006年に米国財務長官に就任した。就任にあたり、保有するゴールドマン株式$5億以上を売却。税法の規定により、この売却益に対する課税は繰り延べとなった。
2008年9月、リーマン・ブラザーズの破綻が迫る中、ポールソンはニューヨーク連邦準備銀行にウォール街のCEOたちを集め、民間による救済を模索した。しかしバークレイズの買収交渉は英国政府の反対で破談し、リーマンは破綻に至る。
- リーマン破綻後、金融システム全体の崩壊を防ぐためTARP(不良資産救済プログラム)$7,000億を議会に要請
- 下院が最初の採決でTARPを否決→株式市場が暴落→再採決で可決
- ナンシー・ペロシ下院議長の前で片膝をついてTARP可決を懇願した
(行動しなければ、この国と世界の金融システムは数日で溶けてなくなる)
しかしポールソンの行動には根本的な利益相反が指摘された。元ゴールドマンCEOである彼が主導したAIG救済では、AIGが負っていたCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の支払いを通じて、ゴールドマン・サックスに$129億が流れた。リーマンは見殺しにされ、ゴールドマンは救われた。この非対称性は今日に至るまで議論が続いている。
ベン・バーナンキFRB議長 — 大恐慌の研究者
ベン・バーナンキは1930年代の大恐慌を専門とする経済学者だった。FRBが大恐慌時に金融引き締めを行ったことが危機を深刻化させたという研究で知られ、「ヘリコプター・ベン」の異名を持っていた。必要ならヘリコプターから金をばら撒いてでもデフレを防ぐ、というミルトン・フリードマンの比喩を引用したことに由来する。
しかし危機の予兆を見抜くことはできなかった。
- 2005年 — 「住宅価格の上昇は、強い経済ファンダメンタルズを反映している」
- 2007年3月 — 「サブプライム問題の影響はcontained(封じ込められている)」
危機が現実化した後、バーナンキは自らの研究を実践に移した。大恐慌の教訓 — 中央銀行は流動性を供給し続けなければならない — を適用し、QE1(量的緩和第1弾)として$1.7兆の資産買い入れを実施。史上初の大規模量的緩和だった。
大恐慌の研究者が、大恐慌以来最悪の金融危機に直面した。歴史の皮肉か、あるいは運命か。バーナンキの研究がなければ、2008年の危機は1930年代の再現になっていた可能性がある。
マイケル・バーリ — ビッグ・ショート
マイケル・バーリの物語は、映画『ビッグ・ショート』で世界的に知られるようになった。医師からヘッジファンドマネージャーに転じた異色の経歴。片目は義眼で、後にアスペルガー症候群と診断される。社交的な金融業界において、徹底的な孤高の分析者だった。
2005年、バーリはサブプライムMBS(住宅ローン担保証券)を1件ずつ分析し始めた。個々のローンの条件、借り手の信用力、金利リセットのタイミング。誰もやらなかった地道な作業を通じて、住宅市場の崩壊は不可避だと確信した。
バーリはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を使ってサブプライムMBSの下落に賭けた。その総額は$13億。
- 投資家からは激しい反発と解約要求を受けた — バーリは解約を凍結
- 投資家は激怒し、訴訟をちらつかせた
- 住宅市場が崩壊するまでの2年間、バーリは孤立無援で耐え続けた
結果は歴史が証明した。バーリのファンド、Scion Capitalは+489%のリターンを記録。利益は約$7.5億。バーリ個人の取り分は約$1億だった。
(私が正しかったということは、全員が間違っていたということだ)
アラン・グリーンスパン — 「欠陥を見つけた」
アラン・グリーンスパンは1987年から2006年までFRB議長を務めた。「マエストロ」と呼ばれ、自由市場と規制緩和の信奉者として金融業界から崇拝された。
2005年、住宅市場の過熱が指摘される中、グリーンスパンは「住宅市場にfroth(泡)はあるが、バブルではない」と述べた。金利を歴史的低水準に据え置き、金融機関の自己規制を信じ、デリバティブ市場の規制を阻止した。
2008年10月、金融システムが崩壊した後の議会証言で、グリーンスパンは衝撃的な告白をした。
(欠陥を見つけた。それがどれほど重大で永続的かはわからない。しかしその事実に非常に苦悩している)
20年間にわたる自由市場イデオロギーの支柱が、たった一言で崩れた瞬間だった。金融機関は自らのリスクを自ら管理できるという前提 — グリーンスパンの経済哲学の根幹 — が誤りだったと認めたのだ。
ブルックスリー・ボーン — 規制の守護者
1990年代後半、CFTC(商品先物取引委員会)議長ブルックスリー・ボーンは、急成長するデリバティブ市場の規制を主張した。OTC(店頭)デリバティブが不透明なまま膨張し続ければ、金融システム全体を脅かすリスクになると警告した。
しかし彼女の警告は、当時の権力者たちに潰された。
- アラン・グリーンスパン(FRB議長) — デリバティブ規制は不要と主張
- ラリー・サマーズ(財務副長官) — ボーンに電話で「あなたが金融危機を引き起こそうとしている」と警告
- ロバート・ルービン(財務長官) — 規制に反対
3人の権力者に阻まれ、ボーンの規制案は実現しなかった。1999年、彼女はCFTC議長を退任した。
10年後、規制されないまま膨張したデリバティブ市場は、AIG崩壊の直接的原因となり、世界金融危機の引き金を引いた。ボーンの警告は、10年遅れで証明された。
歴史は、耳を傾けなかった警告で満ちている。ブルックスリー・ボーンの物語は、正しいことを言う勇気と、正しいことを聞く勇気の、どちらがより稀少かを問いかける。