SHELF 05 · FINANCIAL HISTORY
1952
Harry Markowitz — Modern Portfolio Theory

マーコウィッツのポートフォリオ理論
分散投資の数学的基盤

「卵をひとつの籠に盛るな」。古くからの格言に、
ハリー・マーコウィッツは数学的な証明を与えた。

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1952年 ── 25歳の大学院生が投資の常識を変えた

1952年、シカゴ大学の大学院生だったハリー・マーコウィッツは、『Journal of Finance』に14ページの論文「Portfolio Selection」を発表した。この論文が、現代投資理論の出発点となる。

それまでの投資理論は、個別銘柄の期待リターンを最大化することに焦点を当てていた。「良い銘柄を選べば良い」という考え方だ。マーコウィッツはこの常識に異を唱えた。

彼の主張はこうだ。投資家が本当に気にすべきは、個々の銘柄ではなく「ポートフォリオ全体」のリターンとリスクである。そして、複数の資産を適切に組み合わせることで、期待リターンを犠牲にせずにリスクを低減できる。


分散投資はなぜ「効く」のか ── 共分散の魔法

マーコウィッツの核心的な洞察は、資産間の「相関関係」にあった。

ある銘柄が下がるとき、別の銘柄が上がる傾向があれば、両方を保有することでポートフォリオ全体の値動きは穏やかになる。これが分散効果だ。そしてマーコウィッツは、この効果を共分散(covariance)という統計的概念で厳密に定量化した。

  • ポートフォリオのリスクは、個別資産のリスクの単純合計よりも小さくなり得る
  • 資産間の相関が低いほど、分散効果は大きくなる
  • 同じ期待リターンでも、資産の組み合わせ方次第でリスクは大きく変わる

この数理モデルから導かれたのが「効率的フロンティア」だ。あるリスク水準で達成可能な最大の期待リターン、あるいは、ある期待リターンに対する最小のリスクを示す曲線。この曲線の上にあるポートフォリオだけが「合理的」な選択となる。

分散投資の本質は「値動きの異なる資産を組み合わせること」にある。
単に銘柄数を増やすだけでは、真の分散にはならない。


投資が「勘と経験」から「科学」になった

マーコウィッツ以前、投資は職人的な営みだった。優れた目利きが良い銘柄を選ぶ。それが投資の本質とされていた。

マーコウィッツ以後、投資は数学の問題になった。リターンの期待値、分散、共分散。これらの変数を使って、最適なポートフォリオを「計算」できるようになったのだ。

  • ウィリアム・シャープのCAPM(1964年) ── マーコウィッツの理論を発展させ、個別資産の期待リターンをベータ値で説明する資本資産価格モデルを構築した
  • インデックス投資の理論的根拠 ── 市場ポートフォリオが効率的フロンティア上にあるという結論は、パッシブ投資の正当性を裏付けた
  • 年金基金・機関投資家の資産配分 ── 「どの銘柄を買うか」より「どの資産クラスにどう配分するか」が運用の中心課題となった

この転換は不可逆的だった。現代の機関投資家が「アセット・アロケーション」を最重要の意思決定と位置づけるのは、マーコウィッツの理論に直接遡る。


ノーベル経済学賞 ── 38年後の評価

1990年、マーコウィッツはウィリアム・シャープ、マートン・ミラーとともにノーベル経済学賞を受賞した。論文発表から38年後のことだった。

受賞理由は「金融経済学における先駆的業績」。マーコウィッツが「ポートフォリオ理論」を、シャープが「CAPM」を、ミラーが「企業金融の理論」を確立したことが評価された。

しかし、マーコウィッツの理論には限界もある。過去のデータから推定した共分散が将来も安定するとは限らない。危機時には「すべての資産が同時に下がる」という現象が繰り返し観察されている。2008年のリーマン・ショックでは、分散投資の恩恵が大きく損なわれた。

それでも、ポートフォリオ理論の基本的な洞察 ── リスクはポートフォリオ全体で考えるべきであり、分散には数学的な根拠がある ── は揺るがない。


個人投資家への示唆 ── 銘柄選びより資産配分

マーコウィッツの理論が個人投資家に伝えるメッセージは明快だ。

どの銘柄を買うかより、どの資産クラスにどう配分するかが、長期リターンの大部分を決定する。株式と債券、国内と海外、大型と小型。異なる値動きをする資産を組み合わせることで、同じリターンをより少ないリスクで得られる可能性がある。

ただし、注意すべき点がある。「分散しているつもり」で実は分散できていないケースは多い。日本株を10銘柄持っていても、すべてが景気敏感株なら分散効果は限定的だ。真の分散とは、値動きの「性格」が異なる資産を持つことにある。

マーコウィッツ自身の個人資産配分は、株式50%・債券50%の単純な半々だったと伝えられている。
理論の創始者が選んだのは、洗練されたモデルではなくシンプルなルールだった。


関連用語

  • ポートフォリオ理論(Modern Portfolio Theory) — 複数資産の組み合わせによりリスクとリターンの最適化を図る投資理論
  • 効率的フロンティア(Efficient Frontier) — あるリスク水準で最大リターンを達成するポートフォリオの集合を示す曲線
  • 共分散(Covariance) — 2つの資産のリターンが同じ方向に動く傾向の度合いを示す統計量
  • 分散投資(Diversification) — 相関の低い複数の資産に分散して投資し、ポートフォリオ全体のリスクを低減する手法
  • アセット・アロケーション(Asset Allocation) — 株式・債券・不動産など異なる資産クラスへの配分比率を決定すること
  • CAPM(Capital Asset Pricing Model) — マーコウィッツ理論を発展させた、個別資産の期待リターンを市場リスクで説明するモデル
FURTHER READING

ポートフォリオ理論が生まれた文脈と、その後の市場で試された場面を辿るために。