SHELF 05 · FINANCIAL HISTORY
2020
COVID-19 Shock — Unlimited Quantitative Easing

コロナショック
無制限量的緩和の時代

パンデミックが引き起こした史上最速の弱気相場。
中央銀行は「無制限」の資金供給で応じ、財政と金融の境界は溶解した。

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23日間で34%下落 ── 史上最速の弱気相場

2020年2月19日、S&P500は史上最高値を記録した。そのわずか23営業日後の3月23日、指数は34%下落し、弱気相場入りした。史上最速の暴落だった。

新型コロナウイルス(COVID-19)が中国・武漢から世界へ拡散し、各国政府は経済活動の全面停止(ロックダウン)に踏み切った。航空、飲食、観光、小売 ── あらゆるセクターが同時に需要を喪失した。3月9日と12日にはサーキットブレーカーが発動し、取引が一時停止された。VIX(恐怖指数)は82.69まで急騰し、リーマン・ショック時の80.86を上回った。

原油市場では4月20日、WTI原油先物がマイナス37.63ドルという史上初の「マイナス価格」を記録した。貯蔵施設が満杯となり、原油を引き取ること自体がコストになったのだ。


パンデミックという「外生ショック」

リーマン・ショックが金融システム内部から生じた危機だったのに対し、コロナショックは金融の外側から襲来した。ウイルスという「外生ショック」が、実体経済を直接破壊したのだ。

  • 同時多発的な供給・需要ショック ── 工場の閉鎖(供給側)と消費の消失(需要側)が同時に発生した。経済学の教科書にない事態だった
  • 不確実性の極大化 ── ウイルスの致死率、ワクチン開発の見通し、ロックダウンの期間 ── すべてが未知であり、リスク計量が不可能だった
  • レバレッジの巻き戻し ── パニック売りが信用取引の追証を呼び、追証がさらなる売りを呼ぶ悪循環が発生した
  • 流動性の蒸発 ── 米国債市場でさえ一時的に流動性が枯渇した。「最も安全な資産」すら売られる異常事態だった

市場は「経済活動がゼロになる」という前例のないシナリオを織り込もうとした。恐怖の速度は、ウイルスの感染速度を上回った。


「無制限」── 中央銀行と政府の歴史的対応

2020年3月23日、FRB(米連邦準備制度理事会)は歴史的な声明を発表した。国債と住宅ローン担保証券の買い入れを「必要な量だけ(in the amounts needed)」行う ── 事実上の無制限量的緩和である。

  • ゼロ金利への回帰 ── FRBは政策金利を一気に0〜0.25%まで引き下げた。2週間で1.5%の利下げという異例の速度だった
  • 社債の直接購入 ── FRBは史上初めて社債ETFや個別社債の購入に踏み切った。中央銀行が民間企業の信用リスクを引き受けたのだ
  • メインストリート貸付プログラム ── 中小企業への直接融資制度を創設。金融仲介を超えた「最後の貸し手」機能の拡張
  • 各国中央銀行の協調 ── ECB、日銀、イングランド銀行も同時に大規模緩和を実施。世界の中央銀行が一斉に資金を供給した

財政面でも前例のない対応がとられた。米国は2020年3月のCARES法(2.2兆ドル)を皮切りに、累計5兆ドルを超える財政出動を行った。個人への直接給付(1,200ドル→600ドル→1,400ドル)、失業保険の上乗せ(週600ドル)、PPP(給与保護プログラム)── 政府が直接、国民と企業の所得を補填した。

中央銀行が「無制限」という言葉を使った瞬間、市場のルールが変わった。
問題は「いくら」ではなく「いつまで」になった。


V字回復、ミーム株、そして「すべてのバブル」

史上最速の暴落は、史上最速の回復を伴った。S&P500は2020年8月に暴落前の高値を回復。わずか5ヶ月でのV字回復だった。ナスダックはさらに速く、6月には最高値を更新した。

無制限の金融・財政支援は、予期せぬ副産物を生んだ。

  • ミーム株の時代 ── 給付金を手にした個人投資家がRobinhoodなどのアプリで株式市場に参入。2021年1月、GameStop株は2週間で1,700%上昇し、ヘッジファンドを追い詰めた
  • 暗号資産の急騰 ── ビットコインは2020年3月の5,000ドルから2021年11月の69,000ドルまで急騰。法定通貨の無制限供給への不信が追い風となった
  • SPAC(特別買収目的会社)ブーム ── 2020〜21年にSPAC上場が600件超。過剰流動性がリスクの高い投資に資金を流し込んだ
  • NFTと投機の拡大 ── デジタルアート1点が75百万ドルで落札されるなど、投機の対象が実体経済から乖離した

そして2022年、ツケがまわってきた。世界的なインフレーションが到来し、米国のCPIは9.1%(2022年6月)に達した。FRBは2022年3月から急速な利上げを開始。S&P500は再び弱気相場入りし、暗号資産市場は崩壊した。「すべてのバブル(Everything Bubble)」の清算が始まった。

無制限の資金供給は危機を救ったが、40年ぶりのインフレという代償を生んだ。
「フリーランチは存在しない」── ミルトン・フリードマンの警句が再び証明された。


政策が市場を決める時代の投資

コロナショックは、現代の投資家にとって決定的な教訓を残した。

  • 中央銀行には逆らうな ── 「Don't fight the Fed」は格言ではなく生存戦略となった。FRBの政策転換が市場の方向を決める時代において、金融政策の読み解きは投資の基礎スキルである
  • V字回復は「当たり前」ではない ── 今回のV字回復は前例のない政策対応の結果であり、次の危機で同じ対応が可能とは限らない
  • インフレという忘れられたリスク ── 40年間眠っていたインフレが目覚めた。名目リターンと実質リターンの差を意識することの重要性が再認識された
  • 財政と金融の境界の消失 ── 中央銀行が国債を買い、政府が国民に直接送金する。MMT(現代貨幣理論)が議論の俎上に載り、「財政ファイナンス」という禁じ手が事実上実行された
  • 「現金は王様」の再発見 ── 暴落時に買い向かえる現金余力を持つことの価値が、改めて証明された。2020年3月に買った投資家は、歴史的なリターンを手にした

コロナショックは、市場が「ファンダメンタルズ」ではなく「政策」で動く時代が到来したことを決定的に示した。投資家は企業の財務諸表だけでなく、中央銀行の議事録と政府の予算案を読む必要がある。


関連用語

  • 無制限量的緩和 — 中央銀行が購入額の上限を設けず資産を買い入れる政策。2020年3月にFRBが導入
  • サーキットブレーカー — 相場が急落した際に取引を一時停止する制度。2020年3月に4度発動
  • CARES法 — 2020年3月成立の米国の経済対策法。総額2.2兆ドル。個人給付・失業保険拡充・企業融資を含む
  • PPP(給与保護プログラム) — 中小企業が従業員を解雇しないことを条件に、返済免除付き融資を提供する制度
  • ミーム株 — SNSで個人投資家が集団的に売買する銘柄。GameStop、AMCが代表例
  • MMT(現代貨幣理論) — 自国通貨を発行できる政府は財政破綻しないとする理論。コロナ対応で事実上の実験が行われた
  • Everything Bubble — 株式・不動産・暗号資産・コモディティが同時に高騰した状態。過剰流動性が原因とされる
  • VIX(恐怖指数) — S&P500のオプション価格から算出される予想変動率。2020年3月に82.69を記録
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コロナショックの前後の文脈を理解するために。